Yu-ki Abe Photography - Blog

 

2018.09.25 霧ヶ峰 幻の雪山リゾート後日談2

 昭和の巨大スノーリゾートは、なぜ姿を消したのか。   昭和初期の霧ヶ峰、冬になると滑れそうな斜面は総じてスキー場だった。 整備が進んでいない山スキーはレジャーだけでなく"軍事的"な意味合いも強かったようだ。   ときは軍国主義の真っ只中。 当時の日本陸軍の仮想敵はソ連。 冬になれば各地の山々で行軍訓練が行われている。八甲田山遭難事件もその過程で起こったものだ。   霧ヶ峰でも同様の訓練が行われていた。 なんといってもここにはグライダーの滑走路がある。 広々としたなだらかな斜面を持つ霧ヶ峰は演習地として最適な場所だった。 ソリを履いた飛行機の離着陸訓練など内地ではなかなか出来ない。 普通の人がスキーを滑る際も軍国のため、体の強化のためという目的を掲げてイベントが行われていた。 お国のためという前提がなければ集まることも出来ない時代だったと伝わっている。   戦後、軍の演習はなくなる。 民間のグライダーもすべて破却され、文字通り占領下の時代を迎える。 スキーに来れる人間も限られていたであろう。   衰退した原因その1、敗戦の影響、グライダーの破却等。   戦後復興とともに山にも人が戻りはじめ、県が主導する開発が本格的に始まる。 バス道が強清水にまで伸延し、バス終点の北側斜面に新しいスキー場が開かれる。 現代も残る市営の”霧ヶ峰スキー場”だ。 規模は”池のくるみスキー場”よりも小さい。しかしここでは新しい兵器が登場する。   リフトが設置されたのである。   つづく   前の記事へ             新しい記事